井上陽水ってどんなひと?わからないから知りたくて。今日も明日も明後日も。
陽水カレンダー 2023年6月の曲は「水無月の夜」
アルバム『招待状のないショー。』(1976) 13曲中の8曲目。レコードではB面の最初の曲。
壮大にも思えるイントロのせいか、か細く聞こえる陽水の声が歌う情緒たっぷりの歌。
♪蛍狩から もどった君は
♪足も洗わず 籐椅子に
歌詞には登場しない「僕」の「君」に注ぐ視線がやさしい。
読んで美しい詩は絵画としても美しい。和風旅館の部屋。蛍の灯り、揺らぐ影。草の香り、川のせせらぎ。君の声、衣擦れの音、ふたりの笑い合う声。
幸せそのものの歌、ですよね。でも“絵に描いたような”と思ってしまうのはなぜでしょうか。
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(23/6/3追加)
わたしはまったく違う絵を見ていたかもしれません。この歌詞の「君」は恋人と決めつけていました。
♪せんたくは君で 見まもるのは僕 (「あどけない君のしぐさ」陽水2センチメンタル)
と吉田拓郎「旅の宿」が頭の中にあったのです。
コメントで君は「妹」という示唆をいただきました。旅ではなく自宅のお盆の頃であると。納得のご意見です。そう思って聞きなおすと情景もストーリーもまったく変わります。
♪ 自転車のうしろには妹が
♪ゆかた着てすましてる かわいいよ (「夏まつり」陽水2センチメンタル)
この「妹」ですよね。この曲と同じようなセピア色の風景。とても自然に聴くことができます。
無駄な深掘りは要らなかったのです。
( くわしくはコメント欄をお読みください。タイガーバームさまありがとうございます!)
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(以下は当初書いたものです)
考えてもわからないのでそれは置いといて。
時期として送り火迎え火が気になっています。蛍火に合わせただけなのでしょうか。
月の和名はそもそも旧暦の月名!
知らなかったです。では例えば旧暦2022年の水無月は今の暦でいつ頃なのか。
旧暦6/1〜6/30 は現歴6/30〜7/28
2022年の好都合の例ですが、この歌の“とき”は7月のお盆の頃、地域によっては蛍狩りもできるということがあり得るのです。
え!ではこの曲は7月の歌。枝葉にこだわって落とし穴に落ちたようです。
「自然に飾られて」井上陽水6月の曲(2)
陽水カレンダー2023年6月(2)「自然に飾られて」作詞/井上陽水 作曲編曲/井上陽水・平井夏美
アルバム『ハンサムボーイ』(1990) 11曲中10曲目
アルバム『BEST BALLADE』(2008) 16曲中9曲目
2023年の今、聴きたいのはむしろこちらの曲。
苦難は終わらないけれど、ひとまず、新しい服を着て自然の中へ。
「これはイギリスなんです」陽水が話してくれました
「イギリスは天候に恵まれないけれど、6月には奇跡のような美しい日があるんです」
それ以来聴くときは、大きなバルコニーと、初めてドレスを着せてもらってパーティーに出かけようと緊張している少女を想像します。
♪大人の服に
♪着がえて Lady
♪ドアから外がステージ
覚えられない詞です。順不同、どのフレーズがどこにきても良いみたいな。でも歌いたくなる。気分が上がる。
6月にこの曲があってよかったです。
♪誘われて Woman
♪そよ風のまま
♪6月の夜へ
♪魅惑につつまれて
COMMENT
少なくとも二つあるから
6月は二つの曲はあるので、どちらかなーと思ってました。
どちらもですか!
どちらも小生のお気に入り。皆様のコメントが楽しみ。
詳しくはまた。
最初のコメント
精霊流し
作詞:井上陽水 作曲:井上陽水
螢狩りから もどった君は
足も洗わず 籐椅子に
川むこうには たくさんいたと
ゆかたのすそをぬらして
水無月の夜 送り火の前
夏帯解いて ゆかたを着がえ
たけの長さを 気にして
君の作った 砂糖水には
かげろうゆれて 動いた
水無月の夜 迎え火の前
蚊帳をくぐって 螢かごあけ
笹の葉を持ち とまれと
灯りを消せば 螢も見える
夜具とゆかたのふれ音
水無月の夜 螢火の中
北九州の地域は浄土真宗が多く
祖先の霊が還ってくるという概念がないため
やらないところもありますが
昔のやり方は、お墓参りのろうそくから
盆提灯へ火を灯し、自宅にてその火で迎え火を焚きます。
宵闇迫る時間帯に一族の長がそれを仕切ります。
送り火は8月(7月)16日の夕方
盆明け、送り盆と呼び 旧暦では7月に焚く。
瀬戸物の器で庭先、玄関先で盆提灯の火
を移し 燈けます。
その前の6月とすれば
梅雨が明けて川が澄み
蛍が舞う6月下旬の頃か。
蛍狩りは浴衣で出かけたもんです。
蚊帳なんて今の人 知らないんじゃないかな。
私も同じく蚊帳の中にとってきた蛍を放った記憶が。
ほーほー蛍こい の歌にもあるように
甘い水を好むようですね。
九州の精霊流しは有名。
ということでURLへ。
仏間はこの時期 溢れんばかりの
盆提灯で飾られたものでした。
当時の世相ではそんな時間帯に屋外に出ることは
「神隠しに遇うよっ!」
もちもちの木の感覚でね
子供や、女性にとって
数少ない、そう例えば 夏祭りの予行演習的な
非日常の許された夜遊びでした。
(少し表現変えてみました)
裾の濡れたよそゆき浴衣や夏帯を
寝間着浴衣に着替えるわけで
大人の女性が川辺で網を片手に蛍をとる
幼き面を愛でているのか
裾たけを気にするあたりが まだうら若き女性なのか?
よそゆき浴衣は新調もの
寝巻浴衣は誰かのおさがりなのか
なんとなく おとなになっていく妹のような風情もあります。
寝間にお母さんがつってくれた蚊帳、敷いてある
ふとんに寝転がってみんなでプラネタリュウム鑑賞会。
秘密基地的な キャンプの夜の高揚のような。
蚊帳の中で 蛍こい の歌を口ずさんでいるのでしょうか。
含みを持たせたラストでは恋人ともとれるし。
とても幻想的な彩を織り込んだ叙情詩です。
さきさんの云われる様にさまざまと
情景が目に映し出されるようで。
お盆提灯の回転燈のごとくきらきらと
そして黄泉の国への畏れもあり。
こんな切なくめくるめく想いを胸に
優しく儚く詠っているこの時期の彼の感性に
ただ ただ 参ったと。
早速ありがとうございます
妹、ですか。
家族のお盆の行事とすると妹もありですね!
拓郎さんの「旅の宿」が頭にあったせいか、恋人と決めつけてました。
子供の頃、背伸びして蚊帳を張ったものです。今では知らない人も多いでしょうね。
あぁー夏まつり
彼女と旅行滞在中であれば、
蛍狩りに一緒に付き合っただろうと。
スティックシュガーが旅館の居間になければ
砂糖水は作れないなぁ とか。
素足で部屋に入るなら1階縁側の沓石からで
そこには梅雨開け、旧家には必ず、籐椅子が
しつらえてあった。
つい、さきさんも触れている夏まつりを
連想してしまうわけです。
URLのMVの叙情感。
ディズニーアニメ
塔の上のラプンツェルで
後半、お祭りを皆で楽しみ
華やかな気球灯籠を夕暮れの空に向かって
一斉に翔ばす
シーンを想ってしまったのでした。
時期的には定かじゃないけれど、
既に東京で名を馳せていたはずで
最初の奥さんが熊本温泉街の老舗旅館がご実家
ということから
結婚前提の彼女を連れて陽水の実家に寄った後、
彼女の実家に長期滞在したという設定もありです。
そうだとすれば、すべての小道具がそろいます
故郷に帰り、幼き頃の女友達と童心に還って
キャーキャー云いながら水面を叩いていただろうし、
ひそかに思いを寄せていた男の子にだって
出くわしたかもしれない。
そんなところに首を突っ込む蛮勇は当時の彼には
とても受け入れることのできない行為だったろうし
彼女とその周りの幼馴染にのみ
解りあえる踏み込んではならない ひとときなわけで
そうすると戻ってきた「君」への優しい視座や
最後の歌詞の意味も通るわけです。
自身の故郷の土を踏み、彼女の生まれ育った地にては
当然、両家の墓参りにいったはず。
祖先の霊とか、家族の幻想とか、幼き頃の思い出とか
複雑に歌詩に織り込まれたことは容易に想像できます。
意図的に主人公をぼやかしているのも
俯瞰的に三人称感を醸し出し、拡がりを
もたせているのも
閉鎖的な田舎町で家族以外の女性と接する機会もなく
妹の、時々魅せる少し大人の女性の片鱗にドギマギしたり
もっと踏み込めば、疑似恋愛対象として十二分に
(そういった環境下で大昔ですから)
内に秘めた想いすら下敷きにあったかもしれません。
どちらともとれるように
陽水独特のテレとパラレルワールド、転生輪廻的な
(お盆を控え)倒錯の中で こういったつくりに
仕上げたのかもしれませんね。
エロティシズム薫る ちょっと ときめく
雅楽創りですね。
ジッタリン ジン?
ジッタリン ジンて何十年ぶりかです。
本題ですが
ますます深掘りになってますね、笑
どんなふうに聞くのかは聞くものの勝手ですが、このアルバムは油断がなりませんね。
タイガーバームさんが以前「仮面舞踏会のような」と書かれたように、仮面の中の陽水の意図は計り知れません。長いイントロも同じくです。
惑わされるのも楽しみのうちでしょうか。
水瓶座の夜?いや、水無月の夜
「断絶」「氷の世界」に並んで、本当に大好きなアルバム。
この曲は、そのアルバムの中でも重要な位置を占めてますね。
でも、これ「UNDER THE SUN」の「水瓶座の夜」と、
時々、題名を間違えるんですよね(笑)。本当に失礼。
もう、水瓶座の夜は、Gメジャー、ノリノリの曲で。
陽水さんの歌い方もパッと明るい。「UNDER THE SUN」の
「ライブで映える曲を入れる」のコンセプトですよね。
でも、「水瓶座の夜」。ほとんど、最近のコンサートで演奏された記憶がないですね。。。
この曲、妻の石川セリさんはじめ、まだ小中学生時代ぐらいの?依布サラサさん、
また、一般人である、
長男さん
*現在、陽水さん個人事務所のキャンプと、陽水さんの曲やエッセイなどの著作権管理のファイヤーの両方の現社長。
ご存知の方も多いかと。
キャンプは、陽水さんの天命次第ですが、ファイヤーは、現行の著作権法からして、
あと100年ぐらいは、少なくとも会社が続きそうですからね。長男さん、元気で、いい仕事してほしいですね。
あと、本当に一般人で、全く芸能界に関係ない、次女さんも。
家族全員が、コーラスに参加されてますよね。
「ガイドのいない夜」の、「東へ西へ」もかな?ガンバレ、のところ。
途中、あはは、っていう子供さんの笑い声も入ってますね。
さて、水瓶座は真冬の星座だから、この時期には全く関係ないですね(笑)。
「東へ西へ」も、今は関係なし。
いい加減、本題に戻ります。失礼します。
歌詞は、阿久悠さんが、「陽水の何がすごいかって?彼の日本語が美しいんだよ」
とおっしゃったのは、おそらく本当なんだろう、と思います。
個人的に、こんな日本語の歌詞を20代で書いたの!?と思うのは、
「いつもと違った春」
*名曲なのに、スタジオアルバムには収録されてない!闇夜の国からのB面扱いだけ(ですよね)。
*歌詞に驚き。
女は化粧、きらめく衣装、窓辺に写る微笑……韻がバッチリ。
男は右で、女は左、真ん中にいた約束……もう結婚20年も近くなると、実感(笑)!
「神無月にかこまれて」
*「人恋しと泣けば十三夜」、今の20代アーティストは、絶対書けない歌詞だと思います。
30代になったけど、米津玄師でさえも。
*最近は、題名だけ聞くと、モノマネのあの人に、陽水さんが絡まれる想像をして勝手に笑いますが。
本当に小生、人間がなってません……。
「結詞」
*個人的なことですが、過去、小生が、苦しい病での入院時(今は治癒)、
iPhoneで聴いたり、自分の心の中でずっと流れてました。今でも?か。
*初めは、ラジオCM用にジングル作って「モ〜リ〜スギタ〜、モ〜リ〜スギタ〜、モ〜リ〜スギタ〜、モ〜リ〜スギタ〜」だったのが、アルバムになるまでに、
「浅き夢、淡き恋、遠き道、青き空」になった、って聞いたことがありますが、本当!?
そして、今回のお題の曲。
この4曲の日本語の美しさは素晴らしいです。勿論、他にも、響きがいい、美しい日本語の歌詞が、たくさんあります。
言うまでもなく「少年時代」もそうだと思います。
「招待状のないショー」のアルバムは、矢野顕子(当時はアマチュアだったはず)のコーラス参加の「Good, Good-Bye」で
華やかに始まり、アルバム題「招待状のないショー」のストリングスも入った曲の荘厳さ。
「青空ひとりきり」は、自身の限界の声の高音で、ガツンと押して、孤独さを、周囲の人に、叩きつけるような曲。
そして、ラストの「結詞」も、壮大なアレンジ。
「水無月の夜」は、それらと全く違って。
Gマイナーの落ち着いた曲。コードも間奏含めても6種類のみで、循環コード中心の、シンプルな進行です。
星勝さんの編曲ですが、歌詞とコード進行にピッタリ合わせていて、凝ったアレンジはないですね。
全体に静かなアレンジが、ピッタリ感じ。大好きな曲の一つです。
「招待状のないショー」は、LPだと、A面の曲は、全体に、かなり激しめ。
A面の最後は、「今年は」で、ご存知の通り、これは激しいアレンジ。
さて、そこまで行って、B面へ。
「坂道」以外は、打って変わって、
全体に落ち着いた曲調が続く、B面の1曲目が「水無月の夜」という配置も素晴らしい。
まさにコンセプトアルバム。
Wikiに参加ミュージシャンが書いてありますが、このアルバムは、FOR LIFE設立で最初、という
事情もあったのか?陽水さん自身が編曲したり、アコースティックギターの一部は、自分で演奏し、録音してます。
さらに、「氷の世界」以降のアルバムは、「最後のニュース」のように、
ストロークでコードを弾くタイプの、アコースティックギター、また、「氷の世界(曲)」を代表とする、ブルースハープを除き、
楽器の録音は、腕利きのスタジオミュージシャンに任せる陽水さん。
しかし、例外はやはりあるのが、長い歴史のミュージシャンながら。
これが唯一だろうとは思いますが、「曲り角」は、陽水さん自身が、パーカッション以外、エレキギター、エレキベース、アコースティックギターを全部やってる、という驚きの曲もあります。
デモテープレベルなら、実は陽水さん、エレキギターも、ベースも、ある程度は、
出来るのかもしれない、と想像してしまいますね。
歌詞については、細かくは色んな方が書くでしょうから、それを楽しみに。
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タイガーバームさんへ :
仏教の話、また、洞察で、恋人ではなく、相手は妹ではないか?という解釈は面白かったです。
そのようにも思えます。
ただ、蛍狩りは、「蛍狩りなんてちょっとした おんなこどもの夜遊び」ではないと思います。
男性の私もしましたし。(大学時代や、若き頃の社会人時代。浴衣姿の、同世代の女性の皆様もお連れして、ですが…)
むしろ私より若い男性も、積極的に最近はやってます。(20世紀時代から前の、過去はわからないですが)
以下、恐れ入ります。私の感覚も入ります。が、一言言わせてください。
「ちょっとした」、以下の表現は、女性蔑視とまでではいかないですが、
現代にはそぐわない、男性優位意識と、受け取る方もいらっしゃるかと。
このサイトは、世にたくさんいらっしゃる陽水ファンで、
陽水さん自身も、コンサートで言及されるように、お客様として、大切にしていらっしゃる、
数々の女性陣の方もお見えになると思います。
そういう方も気持ちよく見てもらえるように、コメントは心掛けしています。
ご自身が、スッと書くことに、苦しむほど考えなくても、とは思います。
ちょっと、息が詰まるほど、陽水さんのアルバムでも「自己嫌悪」削除の時など、
自主規制などが、少々過剰に厳しくなっている昨今ではあります。
それでも、可能なら、現代で、不快感は与えることのないような書き込みに留意して、
皆で楽しく読んだり、反応して書き込んだりして、
さきさんが作られたWEB空間を、より盛り上げて、楽しみたいところかと。
勝手な意見かも、と思いながら綴りました。もしも、ご参考になればありがたく思います。
あと、蚊帳は、私の世代がモノを見たことがある最後かな、と。
地域やその家々にもよるとは思いますが、「蚊帳の外」という、
実際のモノからは切り離された意味の言葉でしか、わからない世界になりましたね。
The Times They Are A-Changin’
コメントはいつも本当に楽しみにしてます。よろしくお願い致します。
ライブで聞けない曲たち
次回ライブでは是非!
そんな贅沢を言ってはいけない。
“居るだけでいい“とわたしも願っています。
幕が開くと、陽水が座卓を前に扇子なんか持って座っていたりして?もちろん大拍手ですとも!
「招待状のないショー。」のコンセプトがおかげで少しわかってきました。ありがとうございます!
わたしにはちょっと難しいアルバムです。好きな曲は大好きだけれど興味が持てない曲もあります。
結詞は大好きです。ラジオのCMでそんな仮歌?初耳です。
もちろん歌詞が付いてからですが、JRのCMがありました。JR東日本かな。それはとても良かったです。
蛍狩り
2,3日前から来島してるがポスターが多くて出かけられなかった。でも昨夜?蛍狩りに行きました。
という話だったかな?
わたしの泊まったホテルでも、蛍狩りの案内がありました。観光、ですね。
放送禁止曲
いろいろありがとうございます。
ディズニー実写版で
黒人女性が主人公 人魚姫アリエル
が表現として賛否両論
吉田拓郎「ペニーレインでバーボン」('74年発売)は
歌詞の「つんぼ桟敷」が問題視され販売中止に
そしてURL この歌も。
美輪明宏や米良美一、美川憲一、氷川きよし、槇原敬之
などがヒットしますが
ここは陽水関係ということで。
-性的倒錯者の表現は違う-
LGBT 性的マイノリティの方々が
この楽曲を連綿と
歌い継いできているのは
根底に流れる源流を注視する必要があるのでしょう。
QUEEN フレディー・マーキュリーと
オペラ重鎮 モンセラート・カバリエの功績を否定できないように。
特定の職業に対する差別を助長するとして
長い間 要注意放送歌謡曲指定該当でした。
NHKは最後までこれを解除しなかった。
自己嫌悪もリメイクの際、一時期 外されていましたね。
九州は中央では想像がつかないくらいに男尊女卑
一方で、驟雨 写真集にあるように
若き女性が炭鉱に潜って半裸でボタ拾いをする
展示があり、当時の貧しい庶民の暮らしぶりが覗えます。
男女平等とはこういった逆不平等な面も否めない。
私の感覚が古いのはあります。
不快に感じられる方がいらしたら
ごめんなさい。
女性がスマートな所作でお茶をサービングする
一連の流れるような たおやかさに
これは男にはちょっとまねできないなとの
感覚を捨てきれないほうでもあります。
話は陽水です。
そうですね。
ツアーの最中や旅先、その地での
不思議なオーラに触れながら部屋で佇み
一息ついていろんなイメージがふつふつと
去来し触発され創作したとしたら
話としてはすんなりですね。
いろんなシーンが織り込まれて一つの楽曲として
成立していくのはよくあること。
蛍火の情景として
ジブリ「火垂るの墓」の節子がとても喜ぶ姿が
重なります。
野坂昭如は戦後の混乱期に幼い妹を亡くしており
実体験をもとに書かれた物語だと。
お盆というのはそう云った
前世や、祖先や、大切な家族や
知らずのうちに護ってもらっている
英霊に想いをはせる
日本人にとって特別な時期。
水が流れる川面は
すなわち 現世と、霊界との結界
かげろうや、蛍火にある種の感慨を抱く
この感性がまた魂にせつなく訴えるものがありますね。
このアルバムの全体の解釈として
いろいろ話がありましたので
盛り上げていきたいですね。
「結詞」
ラジオCM用にジングル作って
「モ〜リ〜スギタ〜、モ〜リ〜スギタ〜、
モ〜リ〜スギタ〜」だったのが、
「浅き夢、淡き恋、遠き道、青き空」に
というのは本当のようです
ラジオ番組で本人が喋ってるの
聞いたことがあります
PS:ヨイトマケとは地面を均等馴らしする昔の方法で
槌を持ち上げるのに「そら よいと捲け」と掛け声を
かけたという説が有力
現在では転圧機(プレートコンパクター)やロードローラーが
それに換わって使用されています。
タイガーバームさんへ
性的倒錯者とは「異常性愛者」とほぼ同義です。
性的XX者!とは!
タイガーバームさん:
この言葉を、美輪さん、マツコさんなどの芸能界で
自身のLGBTQの部分を明言されている方、
および、一般の無数にいらっしゃるLGBTQの方に対して、
使用されている、ということであれば、大問題です。
昔は、こういう言い方だったから、という話ではすみません。
蛍狩りの話とは次元が違います。
「いま」、LGBTQは性的倒錯者や異常性愛者ではない、普通の話、という共通認識ができている時代で、お書きになっているわけですから。
基本的人権の根幹を犯しかねない言葉です。
差別以外の何者でもありません。
陽水さんは、ある素晴らしいゲイの方と親交があり、
その方の結婚式で、九州出身者(陽水さん)にはぴったりの
「黒田節」を歌ってます。聴きたいなー。でも、
結婚式で、陽水さんが、お二人に捧げたものだから、
一ファンが、聴くことを望んではいけないですね。
そのゲイの方は、タイガーバームさんも、もちろんご存知で、
以下の本も、すでに読まれていると思いますが、
名著「井上陽水英訳詩集」を執筆した、
日本文学者、かつ、英文学者の、ロバート・キャンベルさんです。
だから、陽水さんも(あくまで想像ですが)、
もし、美輪さん相手にこの言葉を使っているのを知ったら、
どう思うか?
少なくとも、親友である、キャンベルさんと、
キャンベルさんのパートナーの方のことは
陽水さんも、心の中で、色々と考えるでしょう。
陽水さんの曲で言っても、発表当時は、
全国で当たり前のようにあった女性差別である、
「ミス・コンテスト」を、裏側の掃除婦にも目線を当てて、
しっかり、疑問を投げかけてますね。
「ヨイトマケの唄」。
これは、桑田佳祐さんが、
1990年代後半にラジオの「音楽寅さん」という番組の中で、
「自粛という名のもとに消えていく名歌」(確か)
というコーナーがあって、そこで歌って感動を呼び、
再び、スポットライトが当たりました。
私は、陽水さんはいうまでもなく、
桑田佳祐ソロ名義のものも含め、
サザンオールスターズもいろんな歌が好きです。
ただ、桑田佳祐さんがした今までのお仕事で、
一番の仕事はこの唄にスポットライトを再び当てた、
ことだと思います。
今では、美輪(丸山)明宏さんの原曲とともに、
Apple Musicなどで配信までもあります。
これは本当に素晴らしいことだと思います。
*補足:桑田さんは、陽水さんの「少年時代」ものちにカバーしてます。実は。CDや配信には多分なってないかと。
陽水さんの「自己嫌悪」は、そのコーナーで取り上げは
なかったですが......。
その当時は、アルバム「氷の世界」の中で、
自粛される前だったかも。
他にも、私としては、引っかかる言葉はありますが、
そこは、価値観の問題かなと思いますし、
各々が、陽水さんへの思いを語るサイトで、
あまりに、突っ込むのも野暮なので、これ以上は申し上げません。
結詞は、証言ありがとうございます。
「モ〜リ〜スギタ〜」が「浅き夢」に変わった経緯を
知りたいですが、陽水さんは、作詞作曲の経緯を語らず、
視聴者の解釈に委ねる、その姿勢が
素晴らしいので、ずっと知らないままで生きていきます。
あまり、歌詞の解釈も、自分の想いを詰めすぎたり、
押しつけたりはせず、ふんわりと気楽にやれたらなー、
と思います。陽水さん自身が、押し付けないのだから。
失礼しました。
また「自然に飾られて」は書かせてもらいます。
大好きですね。こちらは、最近のライブでも
やってくれましたし。40周年の武道館で......
あ、また、後で。
タイガーバームさんへ
これからも偏見と差別意識に凝り固まった書き込みを続けていかれるのでしょうか。
NONAMEさんへ
タイガーバームさんも、素早く書き換える、ということは
指摘を受け入れ、何かお感じになっている部分が
あるのだろうと思います。
タイガーバームさんの、これまで生きてきた価値観は
おそらく、現代でも適応可能なものと、ちょっとこれは......
というのは正直あるのは現実です。
たとえば、私が申し上げた、
「基本的人権」に関する事柄への対応は、
日本国憲法上に記載はあります。
しかし、今でも深い課題である、25条の生存権
(特に生活保護への偏見)への「理解」とまでは
行かなくても、生活保護を申請しなくてはならない状況への
共感の不足を始め、多くの日本国民が抱える課題でもあります。
元々は、日本発祥ではなく、基本的人権の獲得には、
血を流してまで争ってそれぞれの国の民が
獲得した欧米発祥の思想、という事情もあるかと思います。
ですので、タイガーバームさんだけの
課題ではないと思います。
結論ですが、タイガーバームさんを、
とことん、この掲示板で問い詰めるのも......とは思います。
基本的人権に関する一部の記述項目を除けば、
この掲示板に陽水さんに関して、
重要な知識や歌詞の解釈を仰られているのは、
有り難く、かつ、深い、と恐れながら感銘を受けています。
タイガーバームさんも、私も、他の皆さんも
できるだけ、気持ちよく、わいわい、とインタラクティブに
会話ができる環境をこの掲示板では構築したい。
そう願ってやまないところです。
私は、今後も楽しい話題や、知らないことへの
質問など、とことん、気軽に楽しく
参加させてもらいます。
以上、よろしくお願い申し上げます。
今日は風が強かったなあ
しかしながら、もう1曲の「自然に飾られて」を聴くのならば、これは話しは別です。SPITZのアルバムは、ひとまず置いておこうと思うじゃないですか。だって、「5月の別れ」の前にはいささか分が悪いけれど、これだって名曲です。1990、陽水の中期にできたかと思うと、嬉しくてたまらないです。
「イギリスは天候に恵まれないけれど、6月には奇跡のように美しい日があるんです」イギリスとは、思いもしませんでした。ものすごいオリジナリティーですねえ。「覚えられない詞」というのも納得です。「**は++なので~~です」というように順を追って正論を積み重ねたりはせずに、ただただ、美しいと感じられるものばかりを、思いつくままに羅列しただけとも見受けました。そのおかげで、リピートで何回も聴いても、その都度いい気分になるばかりで、快楽とはこういうものを指すんだろうと実感してしまいます。アレンジも、とにかく美しく、演奏している皆さんが幸せそうなのが、手にとるようにわかります。6月は、これだと私は思います。
なのですが、考えてしまうのですよ。演奏する15曲から20曲が、こういう曲ばかりだとしたら、私は飽きてしまうだろうなあとも、急に心細くなるのです。違うタイプの名曲だって聴きたいし。何というか、箸休めのような時間もないと、それが曲でも他愛のない冗談でも、引き立て役とでも言うのですかね、必要悪だよなあとも思うのです。それでも、まずは名曲ありきだよと、これは声を大にして言いたいところですけどね。
ただ、万人が認める名曲なんて、実は存在しないのかもしれないのです。そこは個人の嗜好ですから、好きな曲は各自違うのが普通です。私にとっての名曲と、どなたかにとっての名曲と、それが違うのはあたりまえの話しです。自分の書いてることが、何だかやたらくだらないと思うこともあるのですよ、ションボリしちゃいますね。
万人が認める名曲
まあ、ないでしょう(笑)。
1万人はもしかしたら、ですが、100万人、1000万人レベルとなると、まあないのでは?
100万人以上名曲だろう、と思っている、ベートーヴェンの第九だって、
特に昔は、クラシックの評論家で「交響曲に”合唱”なんかつけて」っていう人いたぐらいですから。
(交響曲に合唱をつけることは、それまでのクラシック音楽の歴史でありえなかった。今までも、他の交響曲にあるのかな?)
でも、センザキさんが「水無月の夜」、この曲はいけません。とおっしゃった理由は
わかる範囲で聴いてみたいですね。
このサイトは、コアな陽水ファンが集まるので、どの曲を取り上げても、
「こういう歌詞がいい」「あの声は素晴らしい」「メロディーがいい」など、
賞賛一点の話し合いになりがちなので、えー、これはどうかなぁ、という話も
伺ってみたい気持ちはあります。
多分、陽水さんも喜びますよ。そういうの。
あるコンサートで、演奏する曲が、「自然に飾られて」と類似する曲で、10曲以上続けて一緒だったら、
いくらコアな陽水研究家を自認する私でも、今日は、まあコンサート帰ろうかな〜、という気分になるかも。
陽水さんの素晴らしさの一つは「多様性」です。
あまりに多様すぎて、理解が進まないことさえありますね。
陽水さんはほぼ全曲聴いた私ですが、今でも、あの曲、何がなんだかわからん、って曲あります。
それは、あるがまま、に受け取って、わからない、なら、わからない、そのままでいいや、
って、あまり聴かないものも。それでも、好きになってますね。そんな曲も時々は聴いたり。
メロディーでコード進行は、まあ、マイナーコードが多いのは確かなのですが(笑)。
でも、一瞬、マイナーを感じさせないような激しい曲があったり(最近のライブでの氷の世界)、
万人理解不能(間違いなく)の、はちゃめちゃな歌詞をそのままレコードにしてしまったり(My House)、
とあれば、
万人が認める名曲かはともかく、ヒットした「少年時代」「飾りじゃないのよ涙は」「心もよう」etc.
共作で煌めく、安全地帯、奥田民生、忌野清志郎との数々の[私にとっての]名曲。
でも、ファンや、割と聴いたことがある方が、それぞれの人が心の中に、
それぞれの人が別々に、同じ曲でも違う想いで、
「私の人生で、陽水といえばこの曲」というのを、
持ってもらっているのが、陽水さんなのだと思ってます。
私が「えー、これはどうかなぁ」というのをメディアで絶賛してる人もいますから。
陽水さんのコンサートいくと、必ず、「箸休め」があるな、と思います。
「少年時代」やったか、と思うと、「My House」「嘘つきダイヤモンド」が来るとか。
「My House」は箸休めにはならないか、「少年時代」が箸休めかも?
本当に、受け取り方が人それぞれになってしまうのが、陽水さんのいいところ。
最近は、15分休憩まであって、「皆さん、休憩はいかがでしたかぁ〜」でどっと笑いが起こる。
ま、深く考えず、ある程度、いいかげん、でいいんだと思います。
陽水さん、事あるごとに、
「いい加減にやってきたことがこんな大きな会場で聴いていただくことになってしまって(笑)」
ションボリなさなくて大丈夫です。
雨の被害が出ませんように
私が初めて井上さんのライブに行ったのは、1979か1980の渋谷公会堂でした。大麻で自粛していて、それからの復帰コンサートのようでした。割とまあ、おもしろくはあったのです。気の利いた冗談も言えるのはわかったし、曲もいいと思うものも何曲か聴けました。けれども、「それでは、また行ってみよう」とは思わなかったですね。何でだろう、強烈な磁力は感じられなかったんだろうと、いまとなっては思います。「ま、こんなものか(エラソーですねえ)」だったです。
だけど、それ以降もアルバムが出るとそこそこ聴いてはいて、いい曲もあるじゃんとは思っていました。それが、行ってみようと思ったのが、1990だったか、日清パワーステーションで夜遅くにやると知って、ぴあで得意の番号だったのですぐにつながって。
「Tokyo」で始まって、私にはすばらしくカッコよく聴こえました。もう30年以上前のことですが、基本的には、もういまのライブと同じものをやってくれました。アンコールでは、いま思い出してもすばらしい、この日だけの「荒ワシの歌」までやってくれて。その場で、出たばかりのNO SELECTIONを買いました。何しろ、CDを1枚も持っていなかったので、ファンではない私には渡りに船でした。それからライブには、たまに行くようになったんですよね。もちろん、行かないこともあったですけど。
その、箸休めなんですが、これってその時期で箸休めだったり、メインデッシュだったりするのもありではないですかね。いかんせん、活動期間の長い人ですから、40年も同じ曲を同じアレンジで歌っていれば、もう勘弁してくれよって気にもなろうというものです。もちろん、感じ方は人それぞれですが、そういう曲もあるよなあと、私は思います。
そうだ、いつだったか、「少年時代」を、アレンジを少し変えて歌ったことがありましたよね。幾分テンポを遅くしたのか、私にはジャズのシャッフルのようにも聴こえましたけれど、これはとてもすばらしいものでした。もう、普通の「少年時代」なんか聴けないと思うほどに、それは心躍るものに姿を変えてくれていました。あのバージョンを聴いた者と、まだ聴いてない人と、いったいどこでその差ができてしまうのでしょうか。あれを聴いていないなんて、私には考えられなくなってしまっています。あれって、最近のライブ盤には納められているのですかね?
たとえば、その「自然に飾られて」タイプではないですが、あるコンサートの前半で、すばらしいパフォーマンスの曲ばかりだったことがあるのですよ。率で言えば、9対1か、もっとか。その日の私は、もうどうにかなってしまうのかとも思ったものでした。井上陽水は、こんなにすぐれた曲ばかりを選んで演奏していては、もうやる曲がなくなってしまうのではないか。タイプの違う曲を、次から次へと、それぞれに異なった名曲です。私は本当に気も狂わんばかりでした。箸休めといった曲がないのです。まあ、この日は、後半の曲が2対8くらいで箸休めばかりでしたけれど。あの日の前半は、鬼気迫るものがありました。
そして、この日を最後に、こんなコンサートを見せてくれることはなくなってしまいましたけれどね。逆に、箸休めばかりな、この日の後半のような一日のライブの日も、ままできてしまいました。20曲で、1対19のようで箸休めの曲ばかりな日です。こういう日もあるよなとは思いますが、自分の行く日のコンサートがこれでは、ちょっと困ってしまいます。で、コンサートに行くのをやめてしまったりもしたのですよ。まったく身勝手な話しですが、私はこのような調子がよくて、こらえ性のない人間なのです。
その、1990のNO SELECTIONの発売ライブでも、あったのですよ、箸休めナンバーが。それは、最近のコンサートでもやっていて、すべての公演においてその曲は、私には箸休めでした。仕方がないよなあとも思います。それがあるおかげで、珠玉のナンバーも演奏されるのですから。私が行っていないコンサートでは知りませんが、私の行くコンサートでは、どうか箸休めは少なくて欲しいなあと、名曲が多くあって欲しいなあと、願ってやみません。
あれれ、こんなひとりよがりなお話しを書きたかったのだろうか。ちなみに、「水無月の夜」だけは、もう書いちゃったので仕方ないですが、私には捨て曲に聴こえ、聴く価値のないものに思えました。マイナーの曲ですし、長いイントロにも興味を惹かれることは全くありませんでした。残念ながら、もう聴くことはないだろうと思われます。ですけど、この曲が大好きでコンサートで歌ってくれるのを心待ちにしているという人がいても、それはその人の生き方ですからねえ、尊重いたしますよ。私にはそのよさがわからない人なんて、たーくさんいますからねえ。
主宰者さまへ
態度表明が全く無いことが気になります。
「自らは一歩引いて」というスタンスなのかもしれませんが、
マイノリティーの権利を侵害する書き込みが行われた場合は別です。
主宰者も同じ価値観を共有している、
書き込みの内容を消極的にではあっても肯定している、
と受け止められることにもなりかねません。
お返事します
ご指名ありがとうございます。
ご指摘の表現については、他の方が丁寧に注意を促してくださったので充分と思います。
人間はみんな違ってそれが普通と思っています。
陽水を聴かれるならご存じと思いますが、陽水の広い視野とフラットな感覚はファンとして誇らしく共感を持ちます。
なおタイガーバームさんはsecretコメントで詫びておられ、コメントを控えるとのことです。
自然に飾られて〜40th Special Thanks Live in 武道館
と、陽水さん自身が、(いつも通りに?)諧謔的な曲紹介をして、
2009年12月4日(ほぼ真冬)の40th Special Thanks Live in 武道館で、
「自然に飾られて」が、華やかに始まりましたね。
私は、都合もあって、武道館に赴くことは残念ながらできず、DVDを購入して見ました。
サビの、「恋人のそばで 自然に飾られて」って、本当に、綺麗な歌詞ですよね。
自然の中で、男性のそばで、爽やかに振る舞う、”自然体”の恋人の女性。
個人的には、どちらかというと、お互いにフツーにいると、
”倦怠感”らしきようなものを感じてしまうような、長年連れ添った夫婦でも、
理想は、そうありたいよな〜と思ってしまう歌詞です。
私も、連れ添ってくれた妻が、爽やかに自然体で振る舞えるように、
そうさせてあげたいとも思います。
「ハンサムボーイ」で、平井夏美(川原伸司)さんが制作作業に入って、
平井さんが目指してた、陽水さんの「ポジティブ」さを引き出した佳曲。
歌詞もメロディーも爽やかです。なので、曲先、とか、歌詞先、ではなさそうな感じ。
歌詞作りと、コード進行、メロディーが、同時、かつ、共同作業で、作られた感じがなんとなくします。
コードは平井さんとの共同作業で作った曲としては、数が少なめ。
Fメジャーで、ギターで弾き語りすることに、難しいコードもありません。
陽水さんも軽〜くギター弾きながら、武道館で歌ってますね。
「ハンサムボーイ」の原曲にはない、陽水さんのつまびく、
アコースティックギターの音も入ってます。
でも、40th Special Thank Live in 武道館、という
華やかな「祝典」(齋藤孝著;軽くて深い井上陽水の言葉を引用)で、
表現するには、原曲のように、ピアノ、ストリングス、ブラスが欲しい。
結果、やはりそのように、40th Special Thanks Live in 武道館で、
ストリングスはもちろん、ブラスが入ったのは、良かったです。
原曲がほぼ忠実に再現されてました。
武道館の、ブラスメンバーは、
トランペット(Picc. Trumpet 含):エリック宮城、
サックス:Bob Zung、トロンボーン:村田陽一。
メンツが、すごく豪華。これ生で聞けた方、幸運ですよ!
この3人が揃って、なんかやる、なんて事、ほぼ可能性無いですから。
この武道館ライブのチケット、いくらだったんだろう?
コスパなんて考えるの、イヤラシイ話ですが、凄い事ですよ。
行きたかった……。
そういえば、井上陽水奥田民生の2007年のライブハウスツアーで
初日のZepp名古屋へ赴きましたが、あれ、8500円ぐらいだったような。
2人でこの値段なら安いよなー、と思った記憶があります。
あれ?1人でやっても、普段、このぐらいの値段だよな?と。
おっとっと、また、井上陽水奥田民生のライブハウスツアーの話はどこかで。
でも、武道館から、10年経って、50周年記念ライブツアーは、
2019年10月20日、Blu-ray収録の日の、東京国際フォーラム:ホールA。
さらに、星勝さんの、数mそばの席で、感動を味わったので、生きてこれて幸運です。
また、お題の曲で、その日に演奏した曲が出てきたら、書きます。
あと、センザキさんのお話、拝読しました。
また、来週かいつか、6月中にお返事できたら、と思います。
まずは「自然に飾られて」を書きたかったので。
では、また。
一昨日の夜に聴きました「水無月の夜」
2日前の夜に車内で「招待状のないショー」(アルバム)を聴きました。
昔しむかーし、FM番組でアシスタントさんが自身の最終回にかけたのが「招待状のないショー」(シングル)だった思い出があります。
「水無月の夜」はタイトルよりも蛍狩りの方が印象に残ってます。
梅雨時に聴く陽水の曲ってなんですかね?
以上
雨が降ったりやんだり
深い場所までようこそ!
「梅雨時に聴く陽水の曲」
いつもヒントを頂きますね。梅雨、、雨、、その目線があった!
とっさに思い浮かんだのが
♪中央線がみだらになって
♪結局 雨が降る
「結局 雨が降る」『カシス』梅雨にしては明るいこの曲も平井夏美さん共作です。
詩もおもしろいですね。おすすめです。
『カシス』にもう一曲ありました。「都会の雨」湿っぽい詩が陽水らしくない気がします。
♪雨のリズムが 涙にあわせ
♪別れの唄は あまくせつないね
まだまだあるかもしれませんね。
7月の曲に悩んでいます。
候補はあるのですけどね。
No Title
地球の人間たちは
陽水さんの歌を楽しんでいるし
そして
宇宙人たちも陽水さんの歌を
聴いてるはずだし【笑】
誰がどうこうじゃなく
純粋に陽水さんのファンなら
それでいいよね☆★☆
台風・・・嫌い。。。
地震も恐い
そうですよね。
ありがとうございます♪
新聞に井上陽水のことば
「論座」という雑誌の2007年11月号に載ったインタビューからのことばです。
「あ、すみません。話の途中でため息ついたりして」
朝日新聞朝刊の『折々のことば』で筆者鷲田清一はこの何気ないことばを引用してこう書き始めています。(2023/6/22)
[歌手は何かにつけて白黒をつけたがる窮屈な思考が嫌いみたい。話が型通りのものになりだすと、巧みに話の腰を折り、はぐらかす。・・・・もっと違う周波数に合わせませんかと合図を送る]
その論座のインタビューも読んでみたいです。
15年ほど前の陽水はどんな話をしたのでしょうね。
No Title
人間はね、生命活動を維持する為に人、色、食べ物、音楽
考え方、その他色々な事を本能的に同じにならないように出来ているんだって。
世界中の人が一人の男性、女性を好きななったら人類はあっという間に滅んでしまいます。
皆が赤が好きだったら街中赤だらけで・・・(カズ○ーサー?)
皆が納豆を好きだったら食文化が・・・
皆が陽水さんの事が好きだったら他のアーティストは・・・
皆が同じ考えだったらそれこそ人類の危機です。
ちなみに納豆大好きです。
人間社会てね上手にバランス良く自然に出来ているのですよ
なので自分の考え方、好きなものを否定する人には生命活動頑張っているのだなって思うと腹も立たないし微笑ましくも感じれられます。
争い事はねどちらも間違っていてどちらも良い所が有る
その良いところを探して褒め合う事で解決出来そうな気がします
「優」人に百の心
おや?
人間は、自然に賢くできているんですね。
7月もよろしくお願いします♫
これが真髄かな。
暑い中、いかがお過ごしでしょうか?
長い返信になりますが、2つぐらい。
<折々のことば 2769>
朝日新聞は、長い間、購読してますが、
折々のことばや、天声人語は、
たまに陽水さんの発言、歌詞の一部や、
陽水さんに関する話題を拾ってきて、
そこから話を拡げますね。
鷲田清一さんや、天声人語の執筆者の、
一人ぐらいの方は、陽水さんのファンなのでしょうか?
わからないですが……。
asahi.comで検索してみると、天声人語での登場、
やはり過去にありました。
書いてあった内容も思い出しました。
私も、当時、以前から知ってて、びっくりしたエピソード。
ああ、自分も1回やってみたいと。
陽水さんが、まだ海外旅行に興味があった時代、
成田空港についてから行先掲示板を見て、
どこに行くか?を決めてた、という有名な話。
2020/10/28の天声人語ですね。
折々のことばは、最近では、1699(2020/01/15)に。
「タイトルは”No Umbrella”でお願いします。」
陽水さんが、キャンベルさんの「井上陽水英訳詞集」で
唯一、訂正をお願いした箇所ですね。
鷲田さんも、陽水さんがお願いしたことの意図を
読み取った書き方をしています。
ちなみに、asahi.comで陽水さん関係を検索してて、
これは嬉しかったこと。
”いまこそ聴きたい”(いまこそ読みたい、もありますね)という、
朝日新聞読者が、あるアーティストのベスト曲を選ぶシリーズがあります。
中森明菜さんのベスト1位は、
集計の結果、他の数々の名曲を振り切り、
見事「飾りじゃないのよ涙は」でした!
この曲への賛辞もたくさん。
2021/10/9の電子版&紙面掲載記事です。
当時はなぜか気付いてなかったですね。
このシリーズ、陽水さん自身は
言うまでもなく「少年時代」でした。
<センザキさんへ>
わざわざskkmtshrさんに読んでいただければ、
とは、恐縮です。
私が受け取り方を、誤解している部分もあるかと思いますが、
多分、センザキさんの”あるがまま”でいいんだと思います。
”良い意味である程度は適当”がいいんだと思います。
陽水さんは、そういうのが好きそうですね。
コンサートは、陽水さんも、
陽水さん以外のアーティストも、クラシックでも、
行きなくなければ、行かないでいいし、
たまたま行きたければ、行く、ぐらいの感覚で十分良いのかなと。
普段、歌も、その時に聴きたければ聴くし、そんな気分でなければ、
もう当分いいか、と。でも、また聴きたくなる時もあったり。
私は、陽水さんの曲でさえ、そんな感じです。
ただ、もう人生で、2度といいや、というのは、
他のアーティストを含め、経験はないです。
コンサートは、結果、面白くなければ、
代金を返して、とはいえないですけど、
「あのコンサートはよくなかった」
と、個人がWeb空間で、世界に発信できる時代ですしね。
昔は、やるせない気持ちを我慢するしかなかったわけで。
私自身は?というと、お金を自分で稼げるようになってから、
全部の陽水さんのツアーには、行ったわけではないです。
その時々の気分、開催場所、予想されるやりそうな曲目を考慮して、
結果、ツアーに参戦せず、スキップしたこともありました。
氷の世界ツアーなんて、名前からして、
初めからやる曲決まってましたしね。
あれは、行きましたけど。
あと、アルバム出した後などのツアーなどは
予想つきやすいです。2010年代はほとんど
アルバムは出さない陽水さんなので、
効果なかったですけども……。
昔、コンサートツアー”永遠のシュール”って、確かありましたね。
そうすると、アルバムの”永遠のシュール”から多くをやる訳で、
結構、曲目は事前に想像がつくことも多いですかね。
箸休めはいいですよ。
50周年の折、まず名古屋で見た時、
これは記念コンサートだから、初めから終わりまでぜ〜んぶ、
世間の多くが陽水さんの名曲!と、
認めるものばかりだったらどうだろう?と、
思いながら行ったら、”私にとって”の箸休めの
「移動電話」があったり。
ただ、流石に収録があった日の、
東京国際フォーラム Hall Aでの50周年は、
大人の事情(商売上)?で、
全部、世間の多くが認める名曲ばかりで、
私にとっても、箸休めはなかったですかね。
昔だったら、少し疲れたかもしれないですが、
今はそれでもいいのは、途中15分の休憩があるから(笑)。
私自身、少しはいい意味で適当になってこれたかなーと、
自身を振り返る年齢に差し掛かってきました。
昔は「声とピアノが綺麗。でも、ギターでどうやって作曲したのかな?」
ぐらいだった、「長い坂の絵のフレーム」は、最近は歌詞が沁みます。
人間、時が経つと色々変わりますね。
これぐらい生きてくると、色々とありましたし。
長年、陽水さんを追いかけている、私でも、
ひょっとすると、陽水さんの研究はしなくなるかも?
当面はないでしょうが。
とりあえず、健康に元気に生きて行こう!と思ってます。
では、またどこかで。
夕立(7月のテーマ?)
一瞬、7月1日の昼にサイトきましたが、
7月のテーマで"夕立"が上がっていました。
資料用意したので、夕方から、
サイトに書こうかと思っていて、
17:00になってサイトきたら、無くなってますが、
曲を変えます?
とりあえず、明日ぐらいまで待ちますね。
また、明日来てみます。
No Title
レコード大賞のことを追加したら、アップできなくなってしまって。
Wi-Fiが弱いんですよ。土日は特に。
夕立 よろしく!
ここは、先月の話題にふさわしい場所だ。
何日か日が過ぎたら、何も書きたくはなくなってしまいました。根がグータラなもので、何も始めないうちにこの年になってしまいました。でも、もう少し長生きしたいなあとは思っているのです。
どなたかの書き込みで、「♪浅き夢、淡き恋」のメロディーで「♪モーリスギター、モーリスギター」とラジオで歌っていたというのがあったじゃないですか。おそらく、「招待状のないショー」が発売されるより以前のことだろうと思われます。
これね、かまやつひろしの「水無し川」が1975の11月の発売で、その曲がそのままモーリスギターのCMで、イントロから使われたの、ご存じですか?吉田拓郎が作曲しています。これが、すばらしい出来でね、そのイントロが流れてるうちに、かまやつさんが「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない」って言うんですよ。スーパースターになろうとは思わなかったけれど、でもまあ、2万円のモーリス、買っちゃったもんね。曲のイントロとしても、CMソングとしても、あれは私が聴いた一番のイントロだと、いまでも思っています(個人差があります)。
それで、陽水ですが、おそらく「モーリスのCMの話しが来たら、オレも何かいいのができないかな」とか考えて、それで作ってみたのではないかと思うのですよ。このころは、吉田との接触が多くなったみたいですよね。二人で将棋を指している写真なんか見た覚えがあります。しかし短調の暗い曲はCMソングにならずに、結局「招待状のないショー」に入り、かえって好結果を生んでしまいます。適材適所とはこのことです。
ところで、「GOOD GOOD BYE」なんですが。これも「招待状のないショー」ですから、1976の発表です。これを、ラジオで陽水自身が歌っていたのを聴いたことがあります。おそらく、1975年のうちだと思われます。これも吉田の番組の、おしまいのところでした。
「♪この次は 今よりステキな事を~ 楽しみに めぐり会いを楽しみに~」
この曲、キーがGだと勝手に思っていたらF#なんですね、初めて知りました。「♪GOOD GOOD BYE~本当にこれで終わりにします~」とやったあとに、
「♪来週は スパイダースの特集~ 楽しみな スパイダースの特集~」
と歌ったんですよ。その通りに、翌週はスパイダースの特集だったんでしょうね、おそらくは吉田の番組が。まさか、その曲が半年後に出るアルバムのオープニングだとは思いませんでした。「♪モーリスギター」で思い出したものですから、これは忘れないうちに。
夜に起きちゃって、今日は眠れなくなったので。朝起きて行かねばならないところがないと、ダラダラしてても平気になってしまうものですねえ。でも、少し寝ようか。いや、もう大谷さんは仕事を始めているんだろうか。
そういえば、朝日新聞はウチでもとっていて、あいみょんや甲斐バンドが取り上げられることもありましたよね。新聞やらをスクラップし始めて、もう3冊目になりました。棺桶の中に入れてもらうつもりです。また、どこかでネ(^_-)-☆