古本市で陽水に会った?いえいえそんな嬉しい話ではない。
日曜日に旧水口図書館の古本市を応援に行った。水口は10月6日に陽水コンサートがあった滋賀県の守山のまあまあ近くです。
収穫のうちでこの頁に書ける本は以下の三冊。最初の発行の古い順。
A.ぼくの音楽人間カタログ 山本コウタロウ 1984年 新潮文庫
B.バーボン・ストリート 沢木耕太郎 1989年 新潮文庫 (1984年 新潮社)
C.日本ロック学入門 相倉久人 1986年 新潮文庫
陽水ファンには、陽水辞典や陽水コレクターというような人が多い。陽水の詞を何でもたちどころに暗唱する人もまれではない。だから面白いと思った話も、ふんっ知ってるわい!と一蹴されてしょげるのだが、開きなおって気にしないようになった。わたしが面白ければいいやって。と予防線を張っておいて・・・。
Aはタイトルどおり山本コウタロウの交遊録で、ミュージシャンたちの短いエピソードを並べたもの。陽水については二頁半ほどでタイトルは
『ぼくだけが聞いた、陽水の歌う星空の下のビートルズ・ナンバー』
「陽水をぼくに紹介してくれたのは、鈴木ヒロミツだった」と始まるこの文は、映画音楽に興味をもっていた陽水を友人のアマチュア映画監督に紹介した話。三人で夜の道を歩いたときに陽水が「ビートルズでも歌いませんか」と歌いだした「ロング・アンド・ワインディング・ロード」の素晴らしさ。そして「陽水とひとつ布団で寝るという快挙」について。
『氷の世界』のヒットの少し前の陽水、そのあとの陽水についての著者の感慨も興味深い。
Bに入っている「わからない」は陽水の「ワカンナイ」の創作秘話とでもいうエピソード。陽水の詩集『ラインダンス』にそっくり収録されているし、有名なので内容は省略してウンチクを少し。
書き出しの「別に雨降りでもなかったが・・・ミステリーを読んでいると・・」は、植草甚一の『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』からきているのね。1972年刊のこのめちゃくちゃ厚い本をわたしも買ったが読みきれなかった。調べたら文庫化されていまでも読まれている。植草甚一ってある時代のある文化の体現者なのかも。この本では別の章で沢木さんが応えている。「ぼくも散歩と古本がすき」(『ぼくは散歩と雑学がすき』-植草甚一)
個人的収穫がひとつ。89年に文庫版のあとがきを山口瞳が書いていて曰く
「私はこれを読んだとき、ヤラレタ、完全にヤラレタと思ったものだ。それはノンフィクションをフィクションのように書く、エッセイを小説のように書く作家に遂にめぐりあったような気がしたからだ。」
フィクション好きのわたしがノンフィクションライターの沢木耕太郎を好んで読む理由がこれでわかった。ちなみにこのあとがきのタイトルは「スカッとさわやかサワコーラ」。女性にもてるそうです。
Cに陽水が取り上げられているとは思わなかった。音楽評論家・相倉久人の評論と対談をまとめたもの。評論、この人の理論はわたしには難しい。字が小さいし。
対談の相手のひとりとして井上陽水があった。第二章「日本語のロックが生まれるとき」の二番目「自信」一番目は細野晴臣。
その前に、対談の相手のトップ加藤和彦にこんなひとことが。いままでにない音楽をつくって誰もが出やすくなったという話の流れで「陽水か誰かが言ってたけど-あいつが言うとうそとも本気ともつかないんだけど-何だあんなんでいいなら、ぼくでいいじゃないかと思ってやってたというけど、でもたしかにそのとおりだと思う・・」
対談「自信」で陽水もそれを認める発言をしているし、『UNITED COVER 2』ツアーでも「あの素晴しい愛をもう一度」の折にフォーク・クルセダーズにふれたりもしている。
対談は要約しにくいが、とりあえずいま興味深い発言は・・・
”自分たちでは「フォーク」なんていう意識は全くないわけですね、ビートルズ狂いなんだし”という質問に
「生ギター弾いて、一応この業界スタートしましたからね。そういう形態はフォークみたいですね」
フォーライフ参加について
「吉田拓郎と会ったことがなかった・・・先輩だし優秀だと思ってるしすごく興味があって・・・。それで同じ屋根の下にとりあえずいて、彼がどういう人なのか、道で会うよりももっとわかるんじゃないかと思って。何せあのころはそれこそスーパースターでしたからね」
この相倉久人との対談はいまいち噛み合わない感があるような気がする。生い立ちから話しているから、きっと初対面だったのだろう。
ちょっと頁をめくってみたら、松任谷由美などはもっと面白かった。改めて対談相手を列記すると・・・
加藤和彦、宇崎竜堂、細野晴臣、井上陽水、松任谷由美、坂本龍一、桑田佳祐、佐野元春、大沢誉志幸、有頂天=ケラ。
この日曜日は北風が吹いて一気に寒くなった日。でもガラス窓の中の小さな旧図書館はぽかぽかと明るかった。いろんなジャンルの古い本が並んでいて、話もはずむ楽しい一日。