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今日も井上陽水(忍)

井上陽水ってどんなひと?わからないから知りたくて。今日も明日も明後日も。

   

〜こうせつ・海援隊・陽水 夢の共演〜

RKB毎日放送のイベントのお知らせを前エントリーのコメント欄にいただきました。ありがとうございます!
 よみがえる九州ニューミュージックフェスティバル
  〜こうせつ・海援隊・陽水 夢の共演〜
魅力的なイベントですね!時代の熱気を味わえそうです。
1981126日に九電記念体育館(18年に惜しくも解体)で行われた「九州ニューミュージックフェスティバル」。そのTV放映の映像を放送するというものです。
詳しくは上記リンクでお読みください。
TV放送は2213日、4日、5日。それぞれ24:5526:30
南こうせつ編、海援隊編、井上陽水編の順で放送。
圏内の皆さまが羨ましいです。
でもでも、ラジオでも特番編成で放送あり。ありがたい!
RKBラジオ
202214(南こうせつ編 20:0021:00
15()海援隊編 20:0021:00
16(木)井上陽水編 20:0021:00
圏外のわたし達はradikoの出番ですね。
ラジオ用の編集はわかりませんが、6日以外にも陽水の名は聞けそうな気がするので、わたしは3日間ともらくらじで録音するつもりです。
風のカービィ様 ご投稿ありがとうございました!
おっしゃる通りTV版を観られないで残念です。3日間福岡に旅行?なんて思ってしまいました。
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他にも投稿を頂いています。陽水の名を、聞くだけでも文字を読むだけでも嬉しい昨今です。ここのコメント欄にコピーさせていただきます。
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10/30(土)「井上陽水ライブ2011」をBSプレミアムで

YOSUI INOUE OFFICIAL SITE が更新されています。(2021年10/23)

「井上陽水ライブ2011 POWDER」が10月30日(土)23時から放送されます。
NHK BSプレミアム。

 「井上陽水ライブ2011POWDER 」は、2020年10月に神奈川県厚木市文化会館で始まったツアーで、11年2月から追加公演が行われていた。ピアノ、ギター、パーカッション、キーボードという、ドラムもベースもない編成が特徴だったが、未曾有の天災に遭遇する。その3月11日は福岡でのコンサートで、予定どおり行われたという。

 来週土曜日に観られるのはどこの会場だろうか。以前観ただろうに忘れている。テレビ用の撮影は東京が多いが、大震災後の関東や東北のライブは延期または中止となり、やっとの東京公演はまだ節電で暗い5月18、19のオーチャードホール、それが最終公演となったのだった。
 震災のあと初めてのライブ。ピリピリする空気の中で会う陽水の姿。見て存在を確かめて、どんなに嬉しかったことか。
 
 調べると撮影は3月4日の大阪国際会議場の公演らしい。悪い予感など誰も全く持たずに楽しんでいるのだろう。

今こそ井上陽水

井上陽水様

お誕生日おめでとうございます!

いかがお過ごしでしょうか。
どこに、どんな次元に居られるのでしょう?

心は現実から遠く離れて彷徨中?
それとも今の空気の中に居て
新しい曲なんかうたってみている?

どこでもよいけれど
笑っていてほしいです。

コロナ禍とよばれる状況にほぼ一年半
わたしは
今日を祝えることが有難い。

このままなんとか正気を保って
脚も鍛えて
歩いて陽水ライブに行って
みんなで笑いたいです。

何度でも言いたい

井上陽水様
お誕生日おめでとうございます‼️

能古島の片想い 井上陽水

 202136日のKBCラジオの大型音楽番組に陽水がコメントで出演していた。友だちのおかげで聞くことができたのだが、アナウンサーによると録音したカセットテープが送られてきたらしい。
 ラジオ局が送ったアンケートに逐一答えるという真面目さ。人間が二足歩行し始めた頃から音楽は根源的に深いところで作用しているのではないかと、まっすぐな解答ぶり。
 いつもの喋りかたで滑舌もはっきり。久々の声が嬉しかった。

 放送は全部、ブログ「水の方向音痴」さんが陽水の口調そのままに書き起こしてくださっている。ありがたいです。
 内容はそちらをお読みいただくとして。

 放送後にかかった曲が「能古島の片想い」

 ♪つきせぬ波のざわめく声に 
 ♪今夜は
眠れそうにない

 
 意外でもあった。久しぶりで聴いた。
 声がメロディが身体に沁み込んで、かたまりを溶かす。ゆっくり呼吸をする。

 
 コロナ禍といわれる状況下でも、普段からひとに会わないわたしの生活は、そんなに変わらない。家に家族が居て通勤して会社で他人に会う人たちの緊張や疲労に比べるとラクなものだと思っていた。
 でもどこか、ピリピリしていたのだろうか。こんなにほっとするなんて。

   私はもうこの50年間 
   どちらかというとあの 
   暗い曲ばっかり作ってきておりましたから

   これからはちょっと
   聴いてる人に希望を与えるみたいな曲が
   できたらいいなぁとは思っています
     (『水の方向音痴』より)

さっき陽水の声はそう言っていたが
なにをいってるのか、このひとは
じわっと怒り、のような感情がこみあげた。
 2012年と13年のツアーで、その暗い曲に涙を流した東北のみなさんの、終演時の歓声を忘れたのだろうか。
 わたしたちが待っているのは新しい曲ではない。

 失礼な話だ、怒るなんて。当然反省をしてまた待つ。

 公式サイトにゆくのを忘れた夕方は
 しまったおくれをとったかと慌て

 日曜日の夜には
 きっと来週にはと思い

 陽水にとってファンなんてただのお客さんかと悲しみ

 あらためて『センチメンタル』の素直な抒情を愛でたり

 ある朝はふっと、もしかして体調が?と心配し

そうこうして そのカセットテープの声から4ヶ月と27日経った。
今日も暑い1日。8月2日 月曜日。
 

陽水ファンの52年(「私の陽水さん」のこと)

 
 「井上陽水 50周年記念ライブツアー『光陰矢の如し』〜少年老い易く 学成り難し〜」から約2年、今年は52周年目。陽水ファンもそれだけの歴史を持つことになる。
 ライブで陽水から時折ファンの話を聞いた。例えば最初のファンレターのこと。どこかの「ライブハウスの公演のあと、出たところで女の子に手紙を渡されたのが初めてだった」たしか「嬉しかった。よく憶えている」といっていた。
 あとは、人気が出て出待ちのファンが多くなって、突破するのに暗い中を走って溝に落ちたとか、これは笑い話として。

 文集『私の陽水さん』1981
 あるファンの方からこういう文集を貸していただいた。貴重な宝物をお見せいただいて光栄です。
 鮮やかなブルーの表紙に白抜きの手描き文字でタイトルが書かれたこの文集は80ページだが、内容はずしりと重い。当時のひとりの陽水ファンの思いの丈が詰まっている。

 多分関東地方にお住まいのこの方(以後Yさん)の陽水との出会いは昭和49(1974)、「人生が二度あれば」を聴いた時。
 それからYさんはレコードを集めて聴き込み、陽水関連の記事や番組を読み聞きし、そして感想を書いて当時の事務所に送ったのが文集の発端となったらしい。その事務所六文銭ファクトリー社長からはお返事が届く。陽水からも自筆の返事が届くこともあった。
 
 初コンサートが1976年のGOING ON。それ以来地元はもちろん新潟や東京へも遠征。その都度丁寧な感想を書き送る。周りにファンを増やして、ファンクラブ運営にも参加と活動は続く。
 
 Yさんは1981年に周囲の勧めでこの文集を編纂する。文集はその年の830日の「陽水さんへ」という手紙で終わっている。だがそのあとの約10頁が凄い!レコードはもちろん雑誌の記事、ライブ、ラジオ番組等々Yさんの陽水コレクションの表。7年間の貴重な資料だろう。
 Yさんの手紙たちを紹介したいのだが、書き始めて何日も経つがいつもここで止まってしまう。どう表現したら伝わるのか、とてつもなく大きくて重い荷物を運ぶ言葉はあるのか。
 やっと思いついた、Yさんは堂々としているんです。思うことを堂々とかつ細やかに書いている!感嘆しました。
 親しいセンパイのことばを思い出す。ある時期、陽水はもうフォークじゃないと思ってさみしかったと。このYさんも、曲の変化陽水の変容を受け入れて認めてずっと愛しておられるのでしょう。それが井上陽水であるから。
 このことに脈々と受け継がれる陽水ファンの歴史を想った。

 (無理矢理タイトルにこじつけてやっと終われます。S先輩ありがとうございました。)
 
 
 

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